2017-05

佐藤兄弟

かつきっつぁんから。

「ぐれん」で義経つながりが話題になっておりますが

かつきちは、本名が佐藤☆☆なのですが
佐藤忠信、継信兄弟の子孫です

親父方の実家で、誰かが調べたらしく
青焼きの手書きの系図を見せてもらったことがあります

ただ、系図買いなる言葉もあるとおり
ほんとかなぁ~、と半信半疑ではあるのですが、いまだに^^;

親父方の実家は今は北海道にあるのですが
開拓に入る前は、宮城の亘理にいたそうなので
亘理とゆえば、藤原経清(奥州藤原氏の祖)ゆかりの土地でもありますし
佐藤家は東北中にはびこっておりますので
もしかしたら一族の誰かは前九年の役で
経清に付き従って行って
源氏のヤツラと一戦交えているかもしれません^^

ちなみに
HN「かつきち」
この「きち」は「金売り吉次」の「きち」をもらっております

あ、でも、「かつきっつぁん」と呼んでもらえるほうがうれしいかも^^

なんか落語の導入部によくあるみたいな
「はぁ~、よぉ、かつきっつぁんよぉ」
「へぇ、なんです、旦那、腕組みしてため息なんぞついて」
「それがなぁ...」
「ようがす、あっしが聞いておくれやんしょ」
「がす、っておめぇはまったく...はぁ~」
「あ~ららら、ほんと旦那、いったいぜんたい、どうしなすったんで」

みたいな感じで
芝居の登場人物になった気がして
ワックワクしてきてしまいます^▽^

かつきち



こいつぁありがてえ。
またひとつ記事が書けらあな。
ところで佐藤兄弟はこういう人達です。
http://1st.geocities.jp/tugami555syou/syouichi44.htm

<義経四天王>

**鎌田盛政 (*~1184)藤太。源氏譜代の郎党、鎌田正清(政清)の息。父は「保元・平治の乱(1156~1159)」に活躍。摂津国「一の谷の合戦」で討死。義経四天王のひとり。<山内首藤家と親戚。>

**鎌田光政 (*~1185)藤次・弥藤次。源氏譜代の郎党、鎌田正清(政清)の息。盛政の弟。讃岐「屋島の合戦」で討死。義経四天王のひとり。<山内首藤家と親戚。>

*佐藤継信 (*~1185)三郎兵衛。陸奥国信夫郡の豪族、佐藤元治(基治)の息。奥州・藤原秀衡から義経に付属され、以降義経に従う。1185年後白河法皇により義経部下として任官。讃岐「屋島の合戦」で平ノ教経の強弓から義経を庇い討死。義経四天王のひとり。

*佐藤忠信 (*~1186)四郎兵衛・兵衛尉。陸奥国信夫郡の豪族、佐藤元治(基治)の息。佐藤継信の弟。奥州・藤原秀衡から義経に付属され、以降義経に従う。義経四天王のひとり。京都に潜伏しているところを糟屋有季に襲撃され自害。<1184年義経とともに任官し頼朝の弾劾を受ける。>


義経四天王の佐藤兄弟はかつきっつぁんの先祖なのかロッドで訊いてみましょう。
質問「義経四天王の佐藤兄弟はかつきっつぁんの先祖だ」
答え「YES」
だそうです。

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クラウド・アトラス

映画「クラウド・アトラス」は輪廻転生の物語で、登場人物は入れ替わり立ち代わり生まれ変わって
人と縁を繋いでいく話です。
好き嫌いが分かれる映画だと思うが私は好きです。
幾つかの時代、何人かの人物の物語が平行している話なので、一度では理解できないので
何度も見ました。
見るたびに面白いのでお勧めします。


ところで前世が義経のハレヤカさん。
その記事を書いたらそれを読んだ人達が「私も義経の縁者かもしれない」とメールをくれました。
ご紹介のサイトへ行ってみたら義経ゆかりの人の中に比叡山の僧兵が居た。
これは開祖の最澄と縁が有り、ってことはM氏とも縁が有ることになる。
M氏が比叡山に寺を建立(こんりゅう)しなければ、比叡山の僧兵は無いからです。
まるでクラウド・アトラスの日本版だ、と思っていたらハレヤカさんからメールが来ました。

大阪お話会の翌日「一ノ谷古戦場跡」を巡りましたが、最初に行った場所が「敦盛塚(胴塚)」でした。
神戸市の須磨浦公園駅からすぐの所にあります。

気になって、この人物の詳しい歴史を調べて見ると織田信長と繋がりがあることを知りました。
その情報です。


Wikipediaによりますと、
―――――――――――
平 敦盛(たいら の あつもり)は、平安時代末期の武将。平清盛の弟である平経盛の末子。位階は従五位下。官職にはついておらず、無官大夫と称された。
笛の名手であり、祖父平忠盛が鳥羽院より賜った『小枝』(または『青葉』)[1]という笛を譲り受ける。
平家一門として17歳[2]で一ノ谷の戦いに参加。源氏側の奇襲を受け、平氏側が劣勢になると、騎馬で海上の船に逃げようとした敦盛を、敵将を探していた熊谷直実が「敵に後ろを見せるのは卑怯でありましょう、お戻りなされ」と呼び止める。敦盛が取って返すと、直実は敦盛を馬から組み落とし、首を斬ろうと甲を上げると、我が子直家と同じ年頃の美しい若者の顔を見て躊躇する。直実は敦盛を助けようと名を尋ねるが、敦盛は「お前のためには良い敵だ、名乗らずとも首を取って人に尋ねよ。すみやかに首を取れ」と答え、直実は涙ながらに敦盛の首を切った[3]。この事から、直実の出家の志が一段と強くなったという発心譚が語られる。「延慶本」や「鎌倉本」では、直実が敦盛の笛(または篳篥)を屋島にいる敦盛の父経盛の元に送り、直実の書状と経盛の返状が交わされる場面が描かれている。
淡路島煙島に敦盛の史跡がある。
この『平家物語』の名場面は、のちに能『敦盛』、幸若舞『敦盛』、文楽/歌舞伎『一谷嫩軍記』などの題材となった。織田信長の好んだ歌『人間五十年、下天のうちをくらぶれば、夢幻の如くなり。一度生を享け滅せぬもののあるべきか』は幸若舞の『敦盛』の一節である。
―――――――――――

とあります。

そして、平敦盛の主君は安徳天皇です。

大阪お話会の感想で、安徳天皇に関する体験を報告しましたが、なんらかのカルマ解除があったのでしょうか。

平敦盛を介して、源義経と織田信長の間に繋がりがあることが分かりました。

織田信長は「人間五十年」、そしてifさんも50才に関して語っていますから、その事も不思議です。

以上、平敦盛の情報でした。何かの参考になれば幸いです。



【追記】
義経関連の記事を読ませて頂きました。
大変興奮しております。
源義経の関係者がPANDORAに集っていることにも驚きです。皆さん特別にカンの良い人なのでしょうか。青森県在住のHさんにはすぐに前世義経の人が誰なのか特定されましたし…。
現在、私の持っている情報と感じた事を述べてみます。

(1)鈴木重家に関する情報「義経北行伝説」によりますと、鈴木重家は岩手県宮古市まで義経一行に同行し、その地の横山八幡宮の神主になったという言い伝えがあります。ここは私も初詣に行く馴染みの神社です。東京在住のKさんとの繋がりは無さそうですが…。

(2)青森県在住のHさんについて…

Hさんが「平泉に行かなくては」と強く思っていた時期と、私が会社員として平泉周辺で生活していた時期(1992~2003年の約11年間)は、おそらくシンクロしていると考えられます。Hさんの前世は巫女だったそうですから、直感で私がいる事を感じ取ってくれていたのだと思われます。もしかしたら、私が前世の情報に気がつき易くなるように霊的に援護してくれていたのかもしれません。深く感謝したいです。


なんと信長もちょっと関係しているらしい。
信長は平家物語の敦盛にちなんだ謡をうたっていたようです。
霊的魂的に相通じるものが有ったのでしょうかね。
「敦盛の最期」(古文?)は昔学校で習いました。
敦盛を討取った熊谷次郎直実は熊谷の武士ですね。

映画「のぼうの城」は信長亡きあと秀吉が天下人ですが、埼玉の忍(おし)城に籠城した武士の中には
源平合戦の頃の古い先祖伝来の鎧兜(よろいかぶと)をつけている者も居て
さしづめ「我が家は源平の頃より続く由緒正しき家柄也」と言いたいようなw
そんなところも見えて面白い映画でした。
まあ、大抵の女は合戦映画には興味は無いでしょうが(アタシは好きなの!)
戦国時代の武将たちはいかに自分の血筋が正当であるか高貴であるか
それが一番大事だったわけです。
家康などは無理やり上州世良田の荘の源氏ゆかりの寺だか神社を
「我が先祖の・・・」ということにしているくらいです。
つまり源平合戦はそれだけで終わったのではなく「正当な血筋を継ぐ者である」という証明に
なっていたわけです。
だから西洋史におけるローマ帝国の如く、日本では源氏である平氏であるってのは当時は大きな意味を持っていたのです。
まあ、そんなことはいいとして。


まだまだ義経ゆかりの人が出てくるかもしれませんね
義経そのものでなくても、たとえば義経の家来の僧兵は比叡山の僧兵だった、、、となれば
最澄にも関係が有る話ですから、こんな感じでどんどん関係者が出てくるかもしれない。
面白いですね!
そのうち「我が家は奥州藤原氏の末裔也」と名乗る人が出てくるかもしれないし
鎌倉関係からも出てくるわ、鞍馬寺関係からも出てくるわ・・・かもしれない。
義経の行動範囲はとても広いので縁者も多岐に渡るだろうし、クラウド・アトラスを超えてしまいそうです。

前世は義経ゆかりの人?

「前世は義経の家来?」1と2を読んだHさんから。


ifさん、こんにちは。

盛岡市出身で青森県在住
昔から義経が気になっていた、Hです。

「ぐれん」の義経関連記事を読んで、久しぶりに心がザワつき、
メールをしたい衝動にかられてしまいました。

東北在住・前世が義経のYさんとは、ハレヤカさんでしょうか?
私はお話会には参加していませんが、
ハレヤカさんの感想記事に、義経と盛岡の言葉を見つけ、
おおっつ!!と驚くとともに、こんな近くにいたのですね…的な気持ちになってしまいました。

そして、(義経の家来?)のKさんのお話もすごくワクワクします。
義経のことを同じように思ってる人がいたんだ~となんだか嬉しさを覚えました。


私の場合は、平泉に行く機会が増えて、それから義経が気になり始めました。
とにかく気になる・理由はわからない、というのが正直なところ。
しだいに、「たぶん私は、義経を知っている(会っている)」と思うようになり、
その一方で、こんな思いも付きまとうようになっていきました。
「なんでこんなにも、『平泉に行かなくてはいけない』という気持ちになるんだろう」と。
私の中で、義経・平泉とくれば、最期の場所のイメージしかありません。
そこに、「行きたい・行こう」ではなく、「行かなくてはいけない」と思うのはなぜ?
これまで何度も行ってるのに…。何かをする為に行けということ?…等々。

こんな思いを抱え続けること数十年(!)。
念願だった義経との前世鑑定を3人の方に依頼(平泉の写真鑑定1人・前世鑑定2人)。
それぞれ内容は異なるものの、興味深いものばかり。
そして、どの鑑定でも共通していたのが
・義経とかなり近い存在だった
・義経の最期を知らない

関係性を知り、もちろん嬉しさはありましたが、それ以上に「やっぱりそうか」と思う方が大きくて、
自分の感覚って、結構当たってるものなんだなとも思いました。


ifさんが記事に書いていたこの部分。
見えない世界からの情報は「ふと思う」「一番先に浮かぶ」ことが正解のようです。最初の直感が当たります。
自分の直感、ふと思ったこと、最初に浮かんだことは理性に邪魔されてない見えない情報なので、信頼してみましょう。
やっぱりそうですよね!と思いながら、当時の自分の状況を振り返っていました。

ただ、もう一つ気になっていた平泉の件は、この時はまだわからないまま。
結果から感じ取れるのは、「最期を知らない」=「無念さ」なのですが、
確かに「行かなくてはならない」理由には十分なるけれど、どうなんだろう?と思っていました。

そんなモヤモヤ感を残したまま月日が流れ、念願だったジュネさんの解読
思いきって義経のこと事を聞いてみたところ、
「義経のすぐ近くにいた女性で、巫女さんのような立場の人。義経はあなたにいろんな相談をしていました」と。
※残念ながら、彼女・恋人ではなかったです。←ジュネさん、やけにここを強調してました(苦笑)

で、平泉は…?と聞くと。
「供養的なものからくるのではないですか?あなた、当時巫女さんのような立場だったから。」とあっさり。
「平泉に行って、何かをする必要はないです。ただ、そこに行けばいいんです。行くだけでいいです。」とも。
あー、供養かあ…。

確かに、私は義経自身ではないけれど、義経という存在を失った悲しみとか無念さはすごくわかる(つもり)。
どこかで亡くなったことを認めたくない(認められない)気持ちがあったのかもしれません。
それを越えた「供養」、この感情を「いい加減手放す」という、
義経だけでなく、自分に向けた意味合いの「供養」でもあるのかな、と思いました。


これらの話は、かれこれ5年以上も前の出来事です。
でも、ジュネさんの解読以降、必要以上に執着しなくなりました。
もちろん、義経は今でも気になる存在だし、名前を見聞きすると、ついつい反応してしまうのですが、
当時と違って、ラクな気持ちで感じる事が出来るようになりました。
それと、今になって新たに気づく(知る)こともあって、面白いです。

最終的に、ジュネさんの言葉が全てでしたが、
ここに至るまでの過程も、私が納得する為には必要なことであって、
きちんと順番があったのだと思っています。
随分、時間はかかりましたが…。


今回、義経関連の記事を読んで、
今までの、そして当時の躍起となっていた自分を思い出して
「そんなことがあったなあ~」と懐かしい気持ちになりました。
久々に思い出すことが出来て、嬉しかったです。
ありがとうございました。



どんどん出て来ますね、義経の縁者が。
ハレヤカさんの周囲が賑やかです。

前世は義経の家来?2

過去記事「前世は義経の家来?」の続きです。
Kさんから追加情報が来ました。


記事拝見しました!ロッドで見ていただけるなんて…ありがとうございました!!
歴史に名前も残っているとのことで後で調べようと思いながら仕事していたら何となく気になるパネルがあり、
「そこにサインが?」とウキウキしながら見てみると、「重要…」「119」と書いてありました。

いや、そりゃ重要だろうけどさー…とそのままにしていたのですが、
その後義経の家臣についてものすごーく詳しく記載されてるサイトを見つけました。
http://1st.geocities.jp/tugami555syou/syouichi44.htm
義経の家来は沢山いますが、奥州に行って討死する絆の深い数名の家臣の中に
「重」の漢字がつく人が3人もいるんです。サインはこれ?
駿河清重(身分は低いようなんですが、私と縁がある地名と似ている)、亀井重家(出身は伊豆とのこと。
伊豆にも私と縁の深そうな地名があります)の二名が気になっています。

そして彼氏のことなのですが、学生時代弓道で県大会にでたことがある程で、
苗字も弓に関係があるんです。
弓といえば那須与一ですが、そんな単純でもないだろうと思って上記のサイトをよく見ると
(本当に細かく記載がある)那須与一って常陸の人で、さらに11男坊とのこと…
出身地も同じで、しかも彼は11という数字が大好きなのです。うーむ…。
彼は与一か、もしくは上記の亀井清重も弓の名人で、その兄の鈴木重家も家来だったそうなので、
その辺かな?とも思います。

ちなみに私の苗字の地名を以前調べたことがあり、京都・関東の他に岐阜にもあります。
岐阜って義経関係あるのかな…と調べてみたら、常磐御前(お母さん)のお墓があるとのこと…
な、なんか情報が集まってきた気がしますよ!
そういえば私は旅好きなんですが、東北に行ったことがありません。
両祖父母が東北出身なのでいくらでもチャンスはあったのに…
悲しすぎて行く気がしないのかもしれないです。
いろいろつながってきて面白くなってきたのでご報告です!
ありがとうございます!

一旦意識を向けるとどんどん気付くようになりますね。
意識化するということがいかに大事かという実例のような話です。
さて、Kさんが言うように「重」の字がついた人、Kさんの前世なのでしょうか?
ちょっとロッドで訊いてみましょう。

整理すると、下記の三人です。
鈴木重家 →重清の兄なので伊豆出身
亀井重清 →重家の弟 弓の名人
駿河清重 →元々の身分は低かったがいろいろ頑張った(←なんちゅーアバウトな…)


質問「Kさんの前世は義経の家来の中の『重』の文字がついた三名の中に居る」
答え「YES」
質問「鈴木重家である」
答え「YES」
質問「亀井重清である」
答え「NO」
質問「駿河清重である」
答え「NO」

鈴木重家のようです。
さて、次はKさんの彼氏について。
質問「Kさんの彼氏の前世は那須与一である」
答え「NO・・・?」
なんだか動きがあやふやです。
やはり下手なんだ~
質問「亀井重清である」
答え「YES」
だそうです。


前世は義経の家来?

「前世が義経だった人」を読んだKさん(女性)から。


お早うございます。先日お話会に初めて参加したKです。
数日前に義経を尋ね人として記事にされていたのを読み、
近いものを感じたのですが何か違うと思い、じゃあ何が違うのかを考えてみました。
いろいろ気付きがあったので参考までにご報告します。

私は義経に初めて興味を持ったのは中学生位で、それからいろいろ
鎌倉を巡ったり京都の鞍馬山を登ったりしていました。
ただの歴史ファンだと思ってましたが、よく考えると
源氏の縁の地にいろいろご縁があるのです。(これが今回の気付きでした)

私は東京生まれですが、いわゆる氏神様の地元の神社は
源氏の凱旋か何か(←曖昧…)を記念して神様を奉っている所だそうです。
やはそれを知ったのは最近ですが、私はその神社の附属幼稚園に
通っていたので幼い頃から馴染み深い場所でした。
また大学がたまたま神奈川県で当時から鎌倉周辺で遊ぶ機会が増え、
特に鶴ヶ岡八幡宮は数えきれないほど訪れています。
そして理由は不明ですが昔から無意識に「平家は武士にあらず」と
思っているところがあり(笑)、たまたま数年前に母から
「うち(母方)は源氏が落ち延びた家系らしい」
と聞きこれまではそのDNAかしら?とか思っていました。

ただ、武士の精神には非常に共感するので清盛の大河ドラマも興奮して見ました。
が、やっぱり一番心を揺さぶられたのは義経…というか
弁慶の最期でした。主役清盛なのに(--;)
そんなことを考えながら「何かもう1サインあったら源氏に縁があるということにしよう」
と思って家に着くと珍しく彼が先に帰っていて、二言目くらいに
「場所は鎌倉に決まってるから」
と言いました。
こ、これはサインとしか…(笑)(ちなみに週末どこに行きたいかという会話を数日前からしていて、
その続きを突然話し始めたようです)

他にも頼朝を「お館様」と言いたくなる(これもなぜか昔から…)、
幼い頃から鎌倉カスター(鎌倉の銘菓でマークは源氏の家紋)がよく家にあったりと
よく考えるとちょろっとしたことばかりですがいろいろあり
どこかで源氏…というか義経の家来だったのかしら?と思います。
尋ね人の記事のおかげで自分を振りかえることができたので
ご報告までにお送りします。
あとは記事を読んで「自分を信頼してみよう」と思えたのが今までと違う点でした。
きっかけをありがとうございました。突然の長文失礼しました。


先日大阪で行われたお話会にKさんは参加していますが前世が義経の人(男性)も参加しています。
名簿があるので「東北在住の男性」は一人だから前世義経の人は誰なのか、分ると思います。
Kさんは東京在住なのにお話会に参加するのは大阪会場が初めてということなので
ここらへんも非常に不思議です。
義経に会いに行ったのではないでしょうか。


下手くそなロッドで訊いてみました。

質問「Kさんは前世、義経の家来だった」
答え「YES」
質問「Kさんの前世は男性だ」
答え「YES」
質問「Kさんは義経とともに東北に落ち延びた」
答え「YES」
質問「Kさんは最後まで義経とともにいた」
答え「YES」
答え「Kさんの名前は歴史に残っている」
答え「YES」
質問「Kさんの苗字にヒントが有る」
答え「YES」(有るっちゃあ有る、くらい)
質問「京都と神奈川にその地名が有るが、それは『両方に縁が有った義経』を連想させるため」
答え「YES」(多分、その地名そのものには意味は無いと思われます)
質問「Kさんの前世は弁慶だ」
答え「NO」
質問「Kさんは頼朝が奥州藤原氏を攻めた時討ち死にした」
答え「YES」
質問「Kさんの彼氏は、Kさんが義経の家来だった時の縁が有る」
答え「YES」
質問「彼もまた義経の家来だった」
答え「YES」
質問「Kさんの前世の、義経の家来は、体積体験を伴っている」
答え「YES」


よく、親子は1世、夫婦は2世と言います。
転生の縁は親子なら一回、夫婦なら二回有るという意味です。
親子の縁の場合、Aが親でBが子というカタチで一回、逆も有り、ってこと。
夫婦は(皆さんお嫌でしょうが)二回も有る、ってことです。
ところが主従は7回なんですよ!これ、凄くないですか。
ずっと前にPANDORAでも記事にしたけど、たしか岡山県の○○研究所という会社の
社長の前世はお殿様、従業員は家臣団だそうです。(最近潰れたようですが)

ってことは、だ。
信長って家臣団が沢山居たよねw
アタシの家来が沢山居るってことね?あは♪
いや、それより「敵の方がずっと多い」だろ!(慌
これはまずいですよ・・・

ま。
私のロッドはアテにならないので本気にしないでね。
naoさんがロッドを習得したら鑑定を受け付けると思うのでそれまで証拠資料を収集しておいてください。
naoさん、ロッドよりもやっぱりペンジュラムの方がいい、と言うかもしれないけど
それならそれで鑑定してもらえばいいんです。
Kさんが「ふとした思い」を無視しないで思考を巡らした結果、Kさんの前世がだんだん分って来ました。
ほんのちょっと意識の焦点を合わせるだけでこれだけの状況証拠が集まります。
皆さんもやってみてね♪

前世は義経

東北在住のYさんは幼少の頃から、カルマについて考えて来ました。
長ずるに従って精神世界の本を読み、勉強をしていたところ
様々な符号が有り、自分の前世は義経ではないか、と思うようになった。
そう思えるサイン、シンクロ、メッセージに気づくようになった。
まず、東北ですが義経が少年時代に奥州藤原氏の元で成長しています。
その後兄の頼朝挙兵のことを聴き、鎌倉に馳せ参じています。
その後頼朝から疎まれて再び奥州に戻っています。

京都~瀬戸内海にも縁がある。
それらの土地を訪れることになったりしたことも、前世の自分というか
Yさんの中に有る義経の魂(情報)がさせている面もあると思います。
自分の前世は義経ではないか、と数年間(もっとかな?)思っていたYさんでしたが
M氏に鑑定してもらったら体積体験を持った義経である、と出ました。
やはり本人が一番知っている、ってことですかね。

このように見えない世界からの情報は「ふと思う」「一番先に浮かぶ」ことが正解のようです。
最初の直感が当たります。
次に理性が「いや、そんなはずはない」と否定してコトを複雑にします。

自分の直観、ふと思ったこと、最初に浮かんだことは理性に邪魔されてない
見えない世界からの情報なので、信頼してみましょう。

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